(020) 死は背後からやってくる

    吉田兼好(兼好法師)は『徒然草(第1155段)』でこのようなことを言っている。

    〔口語訳〕
    死は向こうからこちらへやって来るものと皆思っているが、そうではない、実は背後からやって来る。 沖の干潟にいつ潮が満ちるかと皆ながめているが、実は潮は磯の方から満ちるものだ。
               -------------------------------------------------------------
    <死は向こうから私をにらんで歩いて来るのではない。
    私のうちに怠りなく準備されているものだ。(小林秀雄)>

    生あるもの、いずれは死が訪れることは皆分かっているが、いつ訪れるかrは誰にもわからない。「生まれたときから死への準備が始まっている」言われるように、誰でも無意識のうちに、人知れず死への準備をしているのであろう。だんだんと年齢を経るにしたがって、その分死への準備が進んでいくということになるのだろうか。とは言え、それとは関係なしに突然に死が襲ってくることもある。

    兼好の語りを聞き、よほどの深い思索がないことには、このような慧眼を持つには至らないのであろうと思った。この言葉には一旦踏みとどまって考えさせられるところがあるようだ。同時に、あらためて世の無常を感じさせる言葉でもある。

    シスレー(01)
    アルフレッド・シスレー








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