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    (018) 何故繋がりたい?(SNS をどう捉えるか)

    人は人の中でしか生きることが出来ないものであり、「人と繋がりたい」と思う気持ちは、古来からの人間の自然の姿である。現在のようにコンピュータが進化し SNS 全盛の時代、「人と繋がる」というコニュニケーションの形が多様な形をとるようになってきた。

    SNS などのサービスがなかった時代、学校や仕事仲間・居住地域、あるいは同好会やサークル活動の集まりが主なコニュニケーションの場であった。基本的に対面のコミュニケーションがベースであった。現在もこれがコミュニケーションの主流であることには変わりない。 これが本来の「繋がる」ということである。ネット上で顔の見えない相手と繋がるということは、『繋がる』のではなくて『交流する』ということになるのだろう。

    真の 『繋がる』とは、本来相手の顔や態度を前にして「その場の空気や顔の表情を感じ取りながら交渉を持つこと」を言うのだろうと思う。SNS の場合はそれは出来ないので、単に「交流の場を持つ」と言うにすぎない。とは言え人間は常に自己表現の欲求を持つものであり、SNS は「交流の場」を持つものとしてはその有効な手段と考える。

    人と繋がりたい気持ちの裏には、孤独で居たくないという心理も働いているだろうが、簡単に孤独を解消しようとするのは考えものである。「孤独」は人間存在の一つの重要なファクターであり、「孤独」の中だからこそ真の人間の在りようを感じ取ったり、人のありがたさを、静かにじっくりと感じ取ったりすることができるのではないだろうか。

    大衆の中に身を置く安心感も手伝って、毎日毎日 SNSの場に身を置いていないと落ち着かないという人もいるようである。それが良くないというわけではないが SNS は 「繋がる」のではなく、あくまでも「交流の場」であることを念頭に置いて利用しないと、互いの「繋がる」意識の違いから、トラブルを抱え込んでしまうことにもなるであろう。SNS はIT技術を駆使したグローバル社会を代表する仕組みの一つと行っても良いだろう。これらのコミュニケーションツールにより世界中の人々が交流を持ち、理解し合いながら紛争のない世界を作り上げることが出来ればと念じたい。

    (017)カミーユ・ピサロ 
    カミーユ・ピサロ








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    非公開コメント

    こんばんは、残業会議がなくなりぼんやり拝読しました。

    広い意味の繋がりとして、ブログへのコメントも文字交流の一つになるのでしょうかね。

    意見交換が手軽に出来るので大変便利で普及していますよね。

    深く考察するためには面談して意思疏通と感情交換しないと納得できないので、電子媒体はある程度の手段選択、だったのが本末転倒しだしています。

    子供たちの遊びも、会社の会議も段々と便利が主導権を握りつつ時代が
    変化するように思います。

    スマホの
    文字入力も次のフレーズや文字を予想して出て来るので、スピード優先だとパソコンに半分支配か援助して
    現代人の交流が進みだしたのでしょう。

    支援される側の意志で使い分けできなくなる時代が到来すると大変かなぁと危惧してますが、
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