【シニアの生活】=NO,24 闘争心を自分に向ける

    新宿ビル街

    人は生まれたときから、その良し悪しは別として「闘争心」が植え付けられるように育っていきます。そして闘争心が見事に開花する人とそうで無い人がいます。闘争心は動物本能の一つとして備わっているもので、言うまでもなくその強さ弱さは本質的には生まれつきのものだと言えます。闘争心の是非については、人それぞれに意見があるでしょう。闘争心が強ければ幸せになれるというものではありません。逆に強すぎて不幸になることだってあるでしょう。ただ闘争心が強い方が、自分の意思を貫く可能性が高いと言うことは言えるでしょう。

    闘争心は育った環境により大きく変わってきます。貧乏な中に育ったためにハングリー精神が旺盛になり、それがもとで将来大成功を収めた話は随所にあります。いずれにしろ、人間は人との関係の中でしか生きられませんので、人より上に行きたいと(自分はそんな気持ちはないと言う人でも)潜在意識としては皆そう思っております。

    闘争心を燃やす相手は、ほとんどの場合自分の周辺にいる近しい人です。例えば学校で成績の競争をする相手でも、最初から自分の手が届かない相手とは競争しません。すでに諦めています。仕事の上でも同じようなことが言えるでしょう。たまたま入って会社でその周囲を見渡しながら無意識のうちに競争を始めます。そこで競争に打ち勝つことは喜びですので、それを一つの生きがいとして暮らしていくことになります。

    しかし、このような闘争心は生涯にわたって永遠と続くものではありません。まず仕事上では現役を退くとそのような相手も消滅します。自分の性分にふさわしくない闘争心を燃やしすぎて、自分の人格まで変えてします(変ってします?)人だっています。リタイア後現役中にあれほど燃やしていた闘争心が、むなしく感じられて索漠とした気持ちになる人もいることでしょう。長い人生の一角で闘争心を燃やせてきたことはそれなりの意味があると思いますが、それが全てではないでしょう。また、リタイア後一定の束縛から離れると闘争心は弱くなるものです。

    では、このように考えてみてはどうでしょうか。現役を離れれば大なり小なり皆孤独になります。そこで持って生まれたあるいは後世に培われてきた闘争心を、自分自身に向けてみてはどうでしょうか。人と戦う気持ちだけが闘争心ではないと思います。リタイア後は、如何に生きがいを持って暮らしていくことが出来るかが勝負です。

    自分との戦いにもいろいろあります。例えば遠い夢にしか考えていなかったことを、新しい目標に定めて強い意志で取り組んで行く。また自分自身の理想とする人間像を描き、自己の内面の完成に向かって取り組んで行く。いろいろな方法が考えられるのではないでしょう。
    人の一生は一度です。真に自分が望んでいる自分の形を深く捉えて生きて行くことが、この世に生を受けた喜びにつながるのではないかと思います。
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