【シニアの生活】=NO,20 旅行とかウォーキングとか読書とか、何かをしなければならないわけではない。


    猫の昼寝

    よく、「定年後には何か趣味を持って充実した毎日を送るようにしましょう。」などと言った話を聞くことがありますが、何だか空虚な言葉に聞こえてきます。果たして如何ほどの人が定年後に、趣味で生きがいを感じているでしょうか。そのような人は、ほんの一部の人ではないでしょうか。

    毎日忙しい仕事をしているとき、合間を見つけて趣味に没頭するという人は、それなりに多いかもしれません。しかしそのような人でも完全に仕事から離れて「さあ、これから毎日趣味に没頭できるんだ!」と喜んでみても、そうは行かないように思います。仕事の合間にやる趣味だからこそ生き生きと没頭できるのであって、毎日朝から晩まで趣味に生きがいを感じることのできる人は、まれではないのでしょうか。

    現役時代から強い趣味を持っているのであれば、その趣味を定年後にボランティアや仕事として活かせるように、前もって入念な計画を立ててみることを考えてはどうでしょうか。収入面ではわずかであっても、趣味が仕事の一角を占めることによって、真に趣味を全うすることが出来るように思います。どんな仕事でも、仕事であれば必ず他に対して責任が生じます。わずかでも仕事とつながることによって、その趣味が世間との強いつながりを持つことになるからです。

    でも、一般の人は仕事と関連づけることが出来るほどの趣味など、持っていない人が大半でしょう。では定年後に趣味も仕事もない人はどのように過ごしたらよいのでしょうか。

    人間ははっきりした目的がなくても、無意識の内に体や心を動かしながら生きております。言わば漫然と生きているわけです。漫然と生きるのが嫌になったら、昼間からお酒を飲んでテレビを見て昼寝をして、と言った生活に陥っていきます。そして精神も体も弱っていき、自己嫌悪の日々を送ることになるでしょう。

    特別何もすることなく、ただ漫然と生きることはそんなに良くないことでしょうか。仕事をしなくても普通に生きていける。特段の心配事もない。であれば、何もせずに漫然と生きることができると言うことは、幸せなことではないのでしょうか。良い身分と言うことではないでしょうか。「何もしない幸せをじっくり味わいながら、漫然と生活することに生きがいを感じる。」このように考えても良いのではないでしょうか。

    しかし、そのようなのんびりした暮らし方であっても、その中に「幸せを噛みしめる」と言った気持ちの努力は、常に持っておらなければならないと思います。「小人閑居して不善を為す」と言います。漫然と暮らすことは怠惰ではありません。
    しかし、漫然とした暮らしでもうっかりすると昼間からお酒を飲んだりして、すぐに余計なことをしてしまい、後で悔やまなければならなくなります。やはり何もしない生活にも、きちんとした意思と努力が必要なのです。

    私もその内そのような生活を送ることになったら、「小人閑居して不善を為す」の格言を噛みしめながら生きていきたいと思っております。
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