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    (042) 人は自分の近くの間柄の中で競争する

    人間はたえず競争社会の中に生きている。学業成績の順位、進学校選び、就活競争、会社では出世競争と、絶えず競争社会に身を晒している。また自分が手の届く範囲で競争する。例えば学業成績でも、自分が中くらいの成績だとすれば、トップクラスの者と競争しても仕方がないから、人は手の届く者との間で競争することとなる。

    競争心を持つことは人間本来の姿であり、人類の進歩発展が進み、人間の向上心を生み出す事にもなるだろう。しかし競争心のために、絶えずストレスの中に身を置かざるをえないことにもなる。自分が他に優れば幸せを感じ、他に劣れば不幸を感じるものである。絶えずこの繰り返しの中で生活しているとも言えるだろう。

    「A」という組織の中に入ると、その組織しか直接肌身に感じることができないので、当然その中で競争することとなる。「B」という組織に入ると、またその中で競争する。生きていくためには、そうならざるをえないということである。競争心にも強弱がある。競争心の強い人は出世競争に明け暮れて一生を終える場合もあるだろう。このことが良いとか悪いとかいうものではない。その人の性分にすぎない。ただ、定年で競争社会に身をおく必要のなくなった時、「もぬけの殻」にならないように、気を付けなければならない。よく言われる「組織を離れればただの人」。

    人間社会であるからには、いずれの組織に身を置いても、出世競争に身を晒さざるをえないことには代わりはないだろうが、自分の能力や個性を組織に反映させることを中心に据えて、競争することが出来れば自分を成長させることができるし、その分幸せであろう。競争に明け暮れるのは空しいものだと思ったときは、自分の生き方と折り合いをつけながら生きていくことが必要だろう。そうしたからと言って出世競争に負けるということにはならない。又、かりに自分だけは出世競争には加わらないと言った立場を取った場合、組織の生産性を低下させる要因の一つになるのではなかろうか。そのような人が多くいる組織は、次第に衰退していくのだろうと思う。

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    クロード・ロラン






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