(035) 親の遺伝子にこだわってはならない

    当然、科学的には親や祖父母など先祖の遺伝子を、ある程度は受け継いで生きているのだろう。どのような遺伝子をどの程度受け継いでいるのかは分からない。よく世間では、善かれ悪しかれその人の性向や習性を見て「親がこうだから・・・・」などと、言ったりする。自分自信もまた、善かれ悪しかれ「親がこうだったから・・・・・」などと思ったりする。

    かりに、親の悪しき遺伝子(例えば、博打好きとか大酒飲みのか)を受け継いでいるのではないかなどと思ってしまうと、それを払拭したいと努力しようとする。努力しようとすればするほど、それから逃れられないような気になり深みにハマり込んでしまう。・・・と、このようなこともあるだろう。

    世の中には、親とはまったく逆の性向や習性を持っているように見える人もいるし、また親と同じような性向や習性を持っているように見える人もいる。顔かたちや肉体的なものは明らかに受け継いていると見られる場合は多いが、特に精神的な遺伝子の場合は(私の個人的な印象としては)遺伝的継承性は低いように思われる。「人間の性向や習性は生まれてこの方生活してきた環境によって、そして生きてきた時代によっても、大きく変化するものである。」このことは、誰もが実感しているのではないだろうか。

    親や祖父母くらい迄はその性向や習性を見聞きして、何となく想像できるかもしれないが、それ以前の先祖の人たちがどのような性向や習性を持っていたかを掴むのはなかなかむずかしい。おそらくそれぞれの時代の環境によってその行動パターンも、大きく変化してきているだろう。先祖の何代もの間で受け継がれてきた遺伝などというものがあるのだろうか。それを考えてもあまり意味のないことのように思われる。

    という訳で、遺伝子などにあまりとらわれる必要な無い。とらわれすぎると、自分の真の生き方が阻害されてしまうのではないだろうか。人の幸不幸は遺伝子が決めるわけではない。

    Vesnianyi-03.jpg
    セルヒーイ・ヴァスィリキーウシクィイ (Sergiy Vasylkivskiy- Vesnianyi)
    (1854年~1917年)ウクライナの画家




    関連記事

    テーマ : 心の持ち方
    ジャンル : 心と身体

    コメントの投稿

    非公開コメント

    私は生まれてから親のDNAをそんなに意識してあません。5人兄弟の末っ子だったせいもあると思います。
    長男の兄は、父親との確執がありまたそれで生まれつきを意識する事は
    少なかったのかなと感じます。

    ただ我子の性格や嗜好は何となく似通っていると時々気づきます。
    ただ私からはその意思表示はしません。子供が気づいて言葉にするときに、そうだね、と相づちを打ちます。
    子供はやっぱりそうなんだ、ってため息つく場合あれば嬉しそうな場合もあり、あまり苦にならないようで助かってます。
    電子出版


         ● Kindle, iPad, スマホで読む
    パソコンで読む             
      目次  
    メインのホームページ
    パソコン操作関連のWebサイト http://21hobo.com
    カテゴリ
    検索
    管理画面
    記事一覧
    全記事

    全記事の目次を表示します

    QRコード
    QRコード